西暦: 1497年 〜 1571年

地域: 日本

毛利元就

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グラフ: 「毛利元就」と同時代の人物

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グラフ: 「毛利元就」と同時代の出来事

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表: 「毛利元就」と同時代の人物

蓮如 1415年 〜 1499年 日本
雪舟 1420年 〜 1506年 日本
宗祇 1421年 〜 1502年 日本
村田珠光 1423年 〜 1502年 日本
北条早雲(旧説) 1432年 〜 1519年 日本
斯波義敏 1433年 〜 1508年 日本
狩野正信 1434年 〜 1530年 日本
足利成氏 1438年 〜 1497年 日本
イヴァン3世 1440年 〜 1505年 ロシア
長尾景春 1443年 〜 1514年 日本
ボッティチェリ 1444年 〜 1514年 ヨーロッパ
武田信昌 1447年 〜 1505年 日本
宗長 1448年 〜 1532年 日本
バルトロメウ・ディアス 1450年 〜 1500年 ヨーロッパ
イサベル(カスティリャ王女) 1451年 〜 1504年 ヨーロッパ
三浦道寸(義同) 1451年 〜 1516年 日本
クリストファー・コロンブス 1451年 〜 1506年 ヨーロッパ
レオナルド・ダ・ヴィンチ 1452年 〜 1519年 ヨーロッパ
フェルナンド5世 1452年 〜 1516年 ヨーロッパ
アメリゴ・ヴェスプッチ 1454年 〜 1512年 ヨーロッパ
上杉顕定 1454年 〜 1510年 日本
北条早雲 1456年 〜 1519年 日本
ヘンリ7世 1457年 〜 1509年 ヨーロッパ
上杉房能 1458年 〜 1507年 日本
尼子経久 1458年 〜 1541年 日本
三好之長 1458年 〜 1520年 日本
長尾能景 1459年 〜 1506年 日本
カブラル 1460年 〜 1526年 ヨーロッパ
足利政氏 1462年 〜 1531年 日本
足利義材(義稙) 1466年 〜 1523年 日本
細川政元 1466年 〜 1507年 日本
上杉憲房 1467年 〜 1525年 日本
ヴァスコ・ダ・ガマ 1469年 〜 1524年 ヨーロッパ
エラスムス 1469年 〜 1536年 ヨーロッパ
マキャベリ 1469年 〜 1527年 ヨーロッパ
ピサロ 1470年 〜 1541年 ヨーロッパ
セリム1世 1470年 〜 1520年 地中海、西アジア
武田信縄 1471年 〜 1507年 日本
デューラー 1471年 〜 1528年 ヨーロッパ
王陽明(王守仁) 1472年 〜 1528年 東アジア
以天宗清 1472年 〜 1554年 日本
コペルニクス 1473年 〜 1543年 ヨーロッパ
今川氏親 1473年 〜 1526年 日本
上杉朝良 1473年 〜 1518年 日本
ラス・カサス 1474年 〜 1566年 ヨーロッパ
ミケランジェロ 1475年 〜 1564年 ヨーロッパ
レオ10世 1475年 〜 1521年 ヨーロッパ
大内義興 1477年 〜 1528年 日本
上杉定実 1478年 〜 1550年 日本
マゼラン(マガリャンイス) 1480年 〜 1521年 ヨーロッパ
足利義澄 1481年 〜 1511年 日本
バーブル 1483年 〜 1530年 南アジア、東南アジア
マルティン・ルター 1483年 〜 1546年 ヨーロッパ
細川高国 1484年 〜 1531年 日本
ツヴィングリ 1484年 〜 1531年 ヨーロッパ
コルテス 1485年 〜 1547年 ヨーロッパ
足利高基 1485年 〜 1535年 日本
北条氏綱 1487年 〜 1541年 日本
イスマーイール1世 1487年 〜 1524年 地中海、西アジア
上杉朝興 1488年 〜 1537年 日本
細川澄元 1489年 〜 1520年 日本
長尾為景 1489年 〜 1542年 日本
ミュンツァー 1490年 〜 1525年 ヨーロッパ
ヘンリー8世 1491年 〜 1547年 ヨーロッパ
イグナティウス・ロヨラ 1491年 〜 1556年 ヨーロッパ
長野業正(長野業政) 1491年 〜 1561年 日本
北条幻庵(長綱) 1493年 〜 1589年 日本
武田信虎 1494年 〜 1574年 日本
斎藤道三 1494年 〜 1556年 日本
フランソワ1世 1494年 〜 1547年 ヨーロッパ
スレイマン1世 1494年 〜 1566年 地中海、西アジア
六角定頼 1495年 〜 1552年 日本
太原雪斎 1496年 〜 1555年 日本
三浦義意 1496年 〜 1516年 日本
後奈良天皇 1496年 〜 1557年 日本
大井夫人 1497年 〜 1552年 日本
毛利元就 1497年 〜 1571年 日本
カール5世 1500年 〜 1558年 ヨーロッパ
李退渓 1501年 〜 1570年 東アジア
三好元長 1501年 〜 1532年 日本
武野紹鷗 1502年 〜 1555年 日本
武野紹鴎 1502年 〜 1555年 日本
雪村周継 1504年 〜 1589年 日本
フランシスコ・ザビエル 1506年 〜 1552年 ヨーロッパ
山科言継 1507年 〜 1579年 日本
大内義隆 1507年 〜 1551年 日本
足利晴氏 1508年 〜 1560年 日本
長尾晴景 1509年 〜 1553年 日本
カルヴァン 1509年 〜 1564年 ヨーロッパ
松永久秀 1510年 〜 1577年 日本
織田信秀 1511年 〜 1551年 日本
足利義晴 1511年 〜 1550年 日本
真田幸隆 1513年 〜 1574年 日本
今川氏輝 1513年 〜 1536年 日本
細川晴元 1514年 〜 1563年 日本
北条氏康 1515年 〜 1571年 日本
北条綱成 1515年 〜 1587年 日本
メアリ1世 1516年 〜 1558年 ヨーロッパ
正親町天皇 1517年 〜 1593年 日本
カトリーヌ・ド・メディシス 1519年 〜 1589年 ヨーロッパ
今川義元 1519年 〜 1560年 日本
今井宗久 1520年 〜 1593年 日本
武田信玄 1521年 〜 1573年 日本
陶晴賢 1521年 〜 1555年 日本
三好長慶 1522年 〜 1564年 日本
千利休 1522年 〜 1591年 日本
柴田勝家 1522年 〜 1583年 日本
上杉憲政 1523年 〜 1579年 日本
上杉朝定 1525年 〜 1546年 日本
張居正 1525年 〜 1582年 東アジア
松平広忠 1526年 〜 1549年 日本
長尾政景 1526年 〜 1564年 日本
フェリペ2世 1527年 〜 1598年 ヨーロッパ
柳生宗厳(石舟斎) 1527年 〜 1606年 日本
斎藤義龍 1527年 〜 1561年 日本
種子島時堯 1528年 〜 1579年 日本
明智光秀 1528年 〜 1582年 日本
上杉謙信 1530年 〜 1578年 日本
イヴァン4世(雷帝) 1530年 〜 1584年 ロシア
大友義鎮(大友宗麟) 1530年 〜 1587年 日本
ボーダン 1530年 〜 1596年 ヨーロッパ
朝倉義景 1533年 〜 1573年 日本
モンテーニュ 1533年 〜 1592年 ヨーロッパ
小早川隆景 1533年 〜 1597年 日本
エリザベス1世 1533年 〜 1603年 ヨーロッパ
オラニエ公ウィレム(オレンジ公ウィリアム) 1533年 〜 1584年 ヨーロッパ
島津義久 1533年 〜 1611年 日本
大村純忠 1533年 〜 1587年 日本
織田信長 1534年 〜 1582年 日本
島津義弘 1535年 〜 1619年 日本
荒木村重 1535年 〜 1586年 日本
近衛前久 1536年 〜 1612年 日本
足利義輝 1536年 〜 1565年 日本
豊臣秀吉 1537年 〜 1598年 日本
足利義昭 1537年 〜 1597年 日本
前田利家 1538年 〜 1599年 日本
北条氏政 1538年 〜 1590年 日本
ヴァリニャーニ(バリニャーノ) 1539年 〜 1606年 日本
長宗我部元親 1539年 〜 1599年 日本
前田玄以 1539年 〜 1602年 日本
豊臣秀長 1540年 〜 1591年 日本
北条氏照 1540年 〜 1590年 日本
足利義氏 1541年 〜 1583年 日本
北条氏邦 1541年 〜 1597年 日本
エル・グレコ 1541年 〜 1614年 ヨーロッパ
中川清秀 1542年 〜 1583年 日本
アクバル 1542年 〜 1605年 南アジア、東南アジア
徳川家康 1542年 〜 1616年 日本
顕如(光佐) 1543年 〜 1592年 日本
ドレーク 1543年 〜 1596年 ヨーロッパ
狩野永徳 1543年 〜 1590年 日本
古田織部 1544年 〜 1615年 日本
増田長盛 1545年 〜 1615年 日本
李舜臣 1545年 〜 1598年 東アジア
浅井長政 1545年 〜 1573年 日本
北条氏規 1545年 〜 1600年 日本
武田勝頼 1546年 〜 1582年 日本
黒田官兵衛 1546年 〜 1604年 日本
最上義光 1546年 〜 1614年 日本
浅野長政 1547年 〜 1611年 日本
お市 1547年 〜 1583年 日本
真田昌幸 1547年 〜 1611年 日本
織田有楽斎 1547年 〜 1621年 日本
セルバンテス 1547年 〜 1616年 ヨーロッパ
北政所 1548年 〜 1624年 日本
本多忠勝 1548年 〜 1610年 日本
斎藤竜興 1548年 〜 1573年 日本
松浦鎮信 1549年 〜 1614年 日本
シャルル9世 1550年 〜 1574年 ヨーロッパ
高山右近 1552年 〜 1615年 日本
今井宗薫 1552年 〜 1627年 日本
誠仁親王 1552年 〜 1586年 日本
マテオ・リッチ(利瑪竇) 1552年 〜 1610年 東アジア
毛利輝元 1553年 〜 1625年 日本
アンリ4世 1553年 〜 1610年 ヨーロッパ
角倉了以 1554年 〜 1614年 日本
上杉景勝 1556年 〜 1623年 日本
ヤン・ヨーステン(耶楊子) 1556年 〜 1623年 日本
藤堂高虎 1556年 〜 1630年 日本
織田信忠 1557年 〜 1582年 日本
織田信雄 1558年 〜 1630年 日本
本阿弥光悦 1558年 〜 1637年 日本
小西行長 1558年 〜 1600年 日本
狩野山楽 1559年 〜 1635年 日本
松平信康 1559年 〜 1579年 日本
大谷吉継 1559年 〜 1600年 日本
ヌルハチ(太祖) 1559年 〜 1626年 東アジア
石田三成 1560年 〜 1600年 日本
直江兼続 1560年 〜 1619年 日本
フランシス・ベーコン 1561年 〜 1626年 ヨーロッパ
福島正則 1561年 〜 1624年 日本
井伊直政 1561年 〜 1602年 日本
吉川広家 1561年 〜 1625年 日本
藤原惺窩 1561年 〜 1619年 日本
北条氏直 1562年 〜 1591年 日本
徐光啓 1562年 〜 1633年 東アジア
加藤清正 1562年 〜 1611年 日本
万暦帝(神宗) 1563年 〜 1620年 東アジア
ガリレオ=ガリレイ 1564年 〜 1642年 ヨーロッパ
ウィリアム・アダムズ(三浦按針) 1564年 〜 1620年 日本
シェークスピア 1564年 〜 1616年 ヨーロッパ
池田輝政 1564年 〜 1613年 日本
真田信之 1566年 〜 1658年 日本
ジェームズ1世 1566年 〜 1625年 ヨーロッパ
有馬晴信 1567年 〜 1612年 日本
伊達政宗 1567年 〜 1636年 日本
真田信繁 1567年 〜 1615年 日本
姜沆(きょうこう、カンハン) 1567年 〜 1618年 東アジア
黒田長政 1568年 〜 1623年 日本
豊臣秀次 1568年 〜 1595年 日本
金地院崇伝 1569年 〜 1633年 日本
淀殿 1569年 〜 1615年 日本
末吉孫左衛門 1570年 〜 1617年 日本
常高院(初) 1570年 〜 1633年 日本
支倉常長 1571年 〜 1622年 日本
松永貞徳 1571年 〜 1653年 日本
アッバース1世 1571年 〜 1629年 地中海、西アジア
柳生宗矩 1571年 〜 1646年 日本
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表: 「毛利元就」と同時代の出来事

応仁の乱おわる 1477年 日本
スペイン王国(イスパニア王国)、成立 1479年 〜 1873年 ヨーロッパ
山城の国一揆 1485年 日本
チューダー朝 1485年 〜 1603年 ヨーロッパ
太田道灌が主の扇谷上杉定正に謀殺される 1486年 日本
北条氏綱(北条2代目)、出生 1487年 日本
長享の乱がはじまる(~1505年) 1487年 〜 1505年 日本
ヘンリ7世、星室庁裁判所を設立 1487年 ヨーロッパ
北条早雲、小鹿範満を討って、今川氏親を擁立 1487年 日本
関東三戦(実蒔原の合戦、須賀谷原の合戦、高見原の合戦)勃発 1488年 日本
バルトロメウ・ディアス(ポルトガル)、喜望峰に到達 1488年 ヨーロッパ
加賀の一向一揆 1488年 日本
コロンブス、サン・サルバドル島に上陸 1492年 北アメリカ
グラナダ陥落 1492年 ヨーロッパ
甲斐守護の武田信縄と武田信昌(信縄の父)・油川信恵(信縄の異母弟)の戦いが始まり、甲斐内乱、 1492年 〜 1498年 日本
イタリア戦争 1492年 〜 1559年 ヨーロッパ
北条早雲、伊豆に討ち入る 1493年 日本
明応の政変が起こり、細川政元政権が成立する 1493年 日本
トルデシリャス条約 1494年 ヨーロッパ
三浦義同(道寸)、三浦郡に進攻し、三浦氏当主に 1494年 日本
大森氏頼(寄栖庵)、死去 1494年 日本
扇谷上杉定正、荒川渡河に失敗して頓死 1494年 日本
北条早雲、小田原城を奪取 1495年 日本
山内上杉顕定、相模に進攻。小田原城の大森氏、山内上杉側に寝返り、小田原城は自落。 1496年 日本
蓮如、石山本願寺を築く 1496年 日本
明応地震 1498年 日本
茶々丸、甲斐国で死亡(下田の深根城での討死説もある)→北条早雲、伊豆一国を制圧 1498年 日本
ヴァスコ=ダ=ガマ、インド航路発見(カリカット到着) 1498年 ヨーロッパ
カブラル(ポルトガル人)、ブラジルに漂着。ブラジルの領有を宣言。 1500年 ヨーロッパ
サファヴィー朝、成立 1501年 〜 1736年 地中海、西アジア
北条早雲、1501年までに小田原城を奪取(新説) 1501年 日本
北条早雲と今川氏親、扇谷上杉朝良の援軍として、立河原の合戦に参戦し、山内上杉顕定勢と戦い勝利する。 1504年 日本
扇谷上杉朝良、山内上杉顕定に降り、長享の乱が終わる 1505年 日本
越後守護の上杉房能(山内上杉顕定の実弟)、越後守護代の長尾為景に敗れて自害 1507年 日本
武田信虎、父の信縄が死去し、甲斐の家督を相続 1507年 日本
細川政元、暗殺される 1507年 日本
大内義興、上京し、細川高国と足利義稙(10代将軍、義材)を将軍に擁立 1508年 日本
武田信虎、叔父の油川信恵を滅ぼす 1508年 日本
山内上杉顕定、長尾為景を討つため、越後に進攻 1509年 日本
北条早雲、武蔵(扇谷上杉朝良の領国)に進攻し、両上杉氏と敵対関係に入る 1509年 日本
ポルトガル、ゴアを占領 1510年 南アジア、東南アジア
山内上杉顕定、長森原(新潟県六日町)で討ち死 1510年 日本
三浦の乱 1510年 日本
北条早雲、三浦勢と鎌倉で戦い破る→三浦勢は新井城に立て籠もる 1513年 日本
チャルディラーンの戦い 1514年 地中海、西アジア
武田信虎、大井信達と戦い、敗北 1515年 日本
北条氏康(北条3代目)、出生 1515年 日本
北条早雲、三浦氏を滅亡させ、相模制圧完了 1516年 日本
マキャベリ、『君主論』著す 1516年 ヨーロッパ
セリム1世(オスマン帝国)、マムルーク朝を滅ぼす 1517年 地中海、西アジア
ポルトガル、明と広州で貿易をはじめる 1517年 東アジア
ルター、九十五か条の論題を発表し、宗教改革はじまる 1517年 ヨーロッパ
今川氏親、遠江を制圧 1517年 日本
北条氏綱、北条早雲から家督相続(以降、小田原城が北条市の本拠地となる) 1518年 日本
大内義興、京を去って帰国する 1518年 日本
マゼラン、世界周航に出発 1519年 〜 1522年 ヨーロッパ
北条早雲、死去 1519年 日本
武田信虎、躑躅ヶ崎館に本拠地を移転 1519年 日本
スレイマン1世、即位 1520年 〜 1566年 地中海、西アジア
武田信虎、甲斐の有力国人(大井信達ら)を撃破し、一応の甲斐統一(その後も混乱は続く) 1520年 日本
マゼラン、フィリピンに到達 1521年 ヨーロッパ
武田信玄(幼名、太郎)、出生。 1521年 日本
ルター、『新約聖書』をドイツ語に翻訳 1521年 〜 1522年 ヨーロッパ
武田信虎、今川の重臣、福島氏の大軍を飯田河原の戦い、上条河原の戦いで撃破 1521年 日本
コルテス、アステカ王国を滅ぼす 1521年 中南米
細川高国、足利義晴(義澄の子)を擁立 1521年 日本
騎士戦争 1522年 ヨーロッパ
マゼラン艦隊、世界周航(マゼランはフィリピンで死亡) 1522年 ヨーロッパ
寧波の乱 1523年 日本
毛利元就、家督を継承する 1523年 日本
北条氏綱、伊勢氏から北条氏に改称 1523年 日本
北条氏綱、太田資高の内応を誘い、江戸城を奪う 1524年 日本
武田信虎、扇谷上杉朝興の援軍として、関東を転戦(この時、岩付城を攻略) 1524年 日本
ドイツ農民戦争 1524年 〜 1525年 ヨーロッパ
北条氏綱、白子原の戦いで扇谷上杉朝興に敗れる 1525年 日本
鎌倉の鶴岡八幡宮焼失 1526年 日本
バーブル、即位(ムガル帝国を建国) 1526年 〜 1530年 南アジア、東南アジア
『今川仮名目録』制定 1526年 日本
細川高国政権、崩壊 1526年 日本
ムガル帝国建国 1526年 南アジア、東南アジア
石見銀山発見 1526年 日本
パーニーパットの戦い 1526年 南アジア、東南アジア
スレイマン1世(オスマン帝国)、ウィーン包囲(第一次ウィーン包囲) 1529年 ヨーロッパ
武田信虎、扇谷上杉朝興の斡旋で、前関東管領の山内上杉憲房の未亡人を側室に迎える 1530年 日本
小沢原の戦い 1530年 日本
上杉憲政、上杉憲寛を追放して、山内上杉氏の当主になる 1531年 日本
一条鞭法、施行 1531年 東アジア
トゥングー朝、成立(ミャンマー) 1531年 〜 1752年 南アジア、東南アジア
武田信虎に対して、飯富虎昌、栗原兵庫、今井信元らが反乱を起こすが、信虎に撃破され、翌年、鎮圧される。信虎、甲斐統一完了。 1531年 〜 1532年 日本
細川高国、天王寺の戦いに敗れて自害 1531年 日本
法華一揆 1532年 日本
鶴岡八幡宮の造営始まる 1532年 日本
ピサロ、インカ帝国を滅ぼす 1533年 中南米
武田信虎の嫡男、武田太郎(武田信玄)、扇谷上杉朝興の娘を娶る 1533年 日本
イエズス会、結成 1534年 ヨーロッパ
ヘンリ8世、首長法を発布(イギリス国教会成立) 1534年 ヨーロッパ
スレイマン1世、仏にカピチュレーションを認める 1535年 地中海、西アジア
北条氏綱、今川氏輝の要請で、武田信虎勢と甲斐の郡内山中で戦う 1535年 日本
駿河守護の今川氏輝死去。今川氏で内乱が勃発し(花倉の乱)で、今川義元が勝者になる 1536年 日本
天文法華の乱 1536年 日本
伊達稙宗、『塵芥集』を定める 1536年 日本
(武田信玄)元服し、武田晴信と名乗る 1536年 日本
長尾為景、長男の長尾晴景に家督を譲る 1536年 日本
扇谷上杉朝興死去。家督は朝定が継ぐ 1537年 日本
河東一乱 1537年 日本
武田信虎の娘が今川義元に嫁ぎ、甲駿同盟が成立 1537年 日本
7月、北条氏綱、扇谷上杉氏の本拠、河越城を奪う 1537年 日本
北条氏綱、松戸台で小弓公方の足利義明勢と戦う(第1次国府台合戦) 1538年 日本
プレヴェザの海戦 1538年 地中海、西アジア
北条氏綱、娘を古河公方、足利晴氏の正室とする。その結果、北条氏は足利家の「ご一家」となる 1539年 日本
鶴岡八幡宮の正殿遷宮(落成式)が行われる 1540年 日本
武田晴信(のちの信玄)、父の信虎を駿河に追放し、家督を手に入れる 1541年 日本
北条氏綱、死去 1541年 日本
カルヴァン、ジュネーブ(スイス)で宗教改革(神政政治)をはじめる 1541年 ヨーロッパ
斎藤利政(道三)、美濃を押領する 1542年 日本
生野銀山、発見 1542年 日本
鉄砲伝来 1543年 日本
ポトシ銀山、発見 1545年 中南米
トリエント公会議 1545年 〜 1563年 ヨーロッパ
北条氏康、河越夜戦で、古河公方(足利晴氏)、山内上杉氏(上杉憲政)、扇谷上杉氏(上杉朝定)連合軍を撃破 1546年 日本
シュマルカルデン戦争 1546年 〜 1547年 ヨーロッパ
松平広忠、今川義元に息子の竹千代(徳川家康)を人質に送ったが、途中で織田信秀に奪われる 1547年 日本
(武田信玄)「甲州法度之次第」を定める 1547年 日本
織田信秀、美濃の斎藤道三を攻めるも大敗(加納口の戦い) 1547年 日本
小豆坂の戦いで、今川義元、織田信秀を破る 1548年 日本
塩尻峠の戦い 1548年 日本
上田原の戦い 1548年 日本
長尾景虎(上杉謙信)、兄の長尾晴景から家督を受け継ぎ、越後守護代となる 1548年 日本
織田信長、斎藤道三の娘(濃姫)を室に迎える 1549年 日本
今川義元、安祥城を落とし、城主、織田信広(織田信秀の子)を捕らえ、竹千代(徳川家康)と交換する 1549年 日本
フランシスコ・ザビエル、来日 1549年 日本
細川晴元、江口の戦いで三好長慶に大敗 1549年 日本
戸石崩れ 1550年 日本
陶晴賢、大内義隆を滅ぼす 1551年 日本
織田信長、父(織田信秀)の死により、家督を継承 1551年 日本
北条氏康、甥の足利義氏を古河公方に擁立 1552年 日本
山内上杉憲政、長尾景虎を頼って、越後に落ちる 1552年 日本
第1回川中島の戦い 1553年 日本
前古河公方、足利晴氏が挙兵するが、北条氏康に敗れて捕らえられ、相模の波多野に幽閉される 1554年 日本
甲相駿三国同盟、成立 1554年 〜 1569年 日本
厳島の戦い 1555年 日本
第2回川中島の戦い 1555年 日本
アウグスブルクの和議 1555年 ヨーロッパ
斎藤道三、息子の斎藤義龍に討たれる(長良川の戦い) 1556年 日本
長尾景虎(上杉謙信)、出家するため高野山へ向かう 1556年 日本
アクバル、即位 1556年 〜 1605年 南アジア、東南アジア
フェリペ2世、即位 1556年 〜 1598年 ヨーロッパ
第3回川中島の戦い 1557年 日本
北条氏康、永禄2年(1559年)頃には上野を勢力下におさめる 1559年 日本
長尾景虎(上杉謙信)、二度目の上洛。将軍、足利義輝から関東管領任命の内示を受ける 1559年 日本
統一法、制定される(英) 1559年 ヨーロッパ
北条氏康、家督を嫡子、北条氏政に譲る。しかし、この後も、氏康が軍政を手動する。 1559年 日本
武田晴信、信玄と号す 1559年 日本
長宗我部元親、家督相続 1560年 日本
桶狭間の戦い 1560年 日本
上杉謙信、関東に侵攻し、小田原城を攻める 1561年 日本
上杉謙信(長尾景虎)、関東管領となる 1561年 日本
第4回川中島の戦い 1561年 日本
ユグノー戦争 1562年 〜 1598年 ヨーロッパ
武田・北条連合軍、上杉謙信方の松山城を攻略する 1563年 日本
アクバル、ジズヤを廃止 1564年 南アジア、東南アジア
第5回川中島の戦い 1564年 日本
三好長慶、死去 1564年 日本
13代将軍、足利義輝、殺害される 1565年 日本
武田信玄、箕輪城を落とし、西上野を掌握 1566年 日本
武田義信(信玄嫡男)、死去(自刃か) 1567年 日本
織田信長、美濃攻略 1567年 日本
オランダ独立戦争 1568年 〜 1609年 ヨーロッパ
織田信長、足利義昭を奉じて、京都に入る 1568年 日本
武田信玄、駿河侵攻はじめる 1568年 日本
三増峠の戦い 1569年 日本
武田信玄、小田原城包囲 1569年 日本
石山戦争(石山合戦) 1570年 〜 1580年 日本
姉川の戦い 1570年 日本
スペイン、マニラ建設 1571年 南アジア、東南アジア
レパント海戦 1571年 地中海、西アジア
北条氏康、死去 1571年 日本
比叡山焼き討ち 1571年 日本
張居正の改革 1572年 〜 1582年 東アジア
三方原の戦い 1572年 日本
サン・バルテルミの虐殺 1572年 ヨーロッパ
羽柴秀吉(豊臣秀吉)、近江に長浜城を築城 1573年 日本
織田信長、15代将軍 足利義昭を追放し、室町幕府滅亡 1573年 日本
武田信玄、信濃の駒場で没す 1573年 日本
浅井氏滅亡 1573年 日本
織田信長、長島一向一揆を鎮圧 1574年 日本
織田信長、越前一向一揆を鎮圧 1575年 日本
長宗我部元親、土佐統一 1575年 日本
長篠の戦い 1575年 日本
織田信長、安土城を築城 1576年 〜 1579年 日本
織田水軍、毛利水軍に敗れる(第一次木津川口の海戦) 1576年 日本
織田水軍、大砲を搭載した大型船で毛利水軍を破る(第二次木津川口の海戦) 1578年 日本
荒木村重(摂津)、織田信長に謀反 1578年 〜 1579年 日本
織田信雄(織田信長の次男)、伊賀に侵攻(第一次天正伊賀の乱) 1579年 日本
安土宗論 1579年 日本
ユトレヒト同盟 1579年 ヨーロッパ
秀吉、織田信長から生野銀山を与えられる 1580年 日本
顕如、石山本願寺から退去(石山戦争、おわる) 1580年 日本
スペイン(フェリペ2世)、ポルトガル王国を併合 1580年 〜 1640年 ヨーロッパ
オランダ、独立宣言 1581年 ヨーロッパ
第二次天正伊賀の乱 1581年 日本
京都御馬揃え 1581年 日本
織田信長、武田氏(武田勝頼)を滅ぼす 1582年 日本
本能寺の変 1582年 日本
山崎の戦い 1582年 日本
太閤検地 1582年 〜 1598年 日本
天正少年使節、派遣される 1582年 〜 1590年 日本
賎ヶ嶽の戦い 1583年 日本
豊臣秀吉、大坂城を築城 1583年 〜 1585年 日本
スペイン人、平戸に来航 1584年 日本
小牧・長久手の戦い 1584年 日本
羽柴秀吉(豊臣秀吉)、関白に就任 1584年 日本
豊臣秀吉、四国平定 1585年 日本
豊臣秀吉、紀伊平定(根来・雑賀一揆を平定) 1585年 日本
豊臣秀吉、九州に惣無事令を下す 1585年 日本
秀吉、豊臣姓を賜り、太政大臣に就任 1586年 日本
豊臣秀吉、九州平定 1587年 日本
バテレン追放令 1587年 日本
北野大茶会 1587年 日本
海賊取締令 1588年 日本
アルマダ海戦 1588年 ヨーロッパ
刀狩令 1588年 日本
豊臣秀吉、イエズス会領だった長崎を直轄地とする 1588年 日本
アンリ4世、即位(ブルボン朝、はじまる) 1589年 〜 1830年 ヨーロッパ
豊臣秀吉、北条氏を降す(日本統一) 1590年 日本
徳川家康、江戸城に入城。以降、江戸城は徳川家の本拠地となる。 1590年 日本
千利休、切腹 1591年 日本
人払令(身分統制令) 1591年 日本
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「毛利元就」の関連ノート

【【動画】花燃ゆ「第1回人むすぶ妹」ー毛利家小史と萩の地勢ー】2015年の大河ドラマ「花燃ゆ」を見るにあたって、知っておきたいことをまとめました。

1.毛利家の小史
戦国時代、毛利家を中国地方の覇者に押し上げた毛利元就とそれを受け継いだ毛利輝元。毛利家は豊臣秀吉の傘下に入ることで中国地方の雄としてその勢力を維持しました。

しかし、関ヶ原の戦いの時、毛利輝元は西軍の名目上の総大将となり、西軍敗北を受けて、領土を1/3に減らされ、周防・長門(山口県)に逼塞を余儀なくされました。

2.萩の地勢
萩は山口県の日本海側にある盆地で、長州藩の首都でした。
萩は、東を松本川、西を橋本川が流れ、それらの川に囲まれた都市です。萩と山陽道に面する三田尻は、萩往還で結ばれています。

長州藩主は北西の萩城にあり、萩城を守る形で重臣屋敷が囲っています。高杉晋作の高杉家は身分の高い家だったので、重臣屋敷のすぐ東側に屋敷がありました。

杉家は高杉家と比べると、身分・家禄が低く(杉家の家禄は26石、高杉家は200石)、松本川のさらに東側に屋敷があり、吉田松陰が小さい頃は貧しい暮らしをしていました。

大体、この辺りを頭に入れておくと、より大河を楽しめると思います。

【動画】花燃ゆ「第1回人むすぶ妹」ー毛利家小史と萩の地勢ー

作成日:2015/1/11 , 地図あり, by rekius 開く

動画 幕末維新 大河ドラマ 長州藩 花燃ゆ 山口県 萩市

【早雲時代の魅力-室町幕府の崩壊と関東情勢-】<h2>なぜ早雲か?</h2>
<p>戦国時代というと、人気があるのは武田信玄、上杉謙信、織田信長、豊臣秀吉あたりでしょうか。こういった人気のある戦国武将を差し置いて、なぜ私は北条早雲という人物をテーマにしているのでしょうか。以下、理由を述べてみたいと思います。</p>
<h2>室町幕府の成立と相対的安定期</h2>
<p>有力守護大名の連合政権だった室町幕府は成立の当初からを弱体でしたが、曲がりながらにも権威と権力を持った室町幕府は正義を提供していました(ただし、足<br>利義満の時代から嘉吉の乱(嘉吉元年(1441年)、6代将軍、足利義教が赤松満祐に暗殺された事件)までは比較的安定していました。つまり、幕府が正し<br>いとすることが正しいということで世の中がそれなりに処理されていました。</p>
<h2>立ち腐れる室町幕府と織豊政権の成立</h2>
<p>しかし、室町体制が崩壊すると、何が正しいかは戦いによって決まる時代に入ってしまいました。その結果、自衛のため、弱者は有力者を頼り、有力者は最有力者を頼るという関係が各地で再構築され始めました。その権力の頂点が戦国大名です。<br><br><em>司馬さんは、早雲の生涯を通して、この辺りのプロセスをうまく書いています(参考図書を参照)。</em><br><br>そして、戦国大名同士、さらには戦国大名と宗教勢力の戦いがはじまり、最終的には織田信長の地盤を受け継いだ豊臣秀吉が、天正18年(1590年)に早雲の子孫である後北条氏を降して、全国を統一しました。</p>
<p><a><img></a></p>
<p><em>2010年9月撮影</em><br><em>全国で最後まで豊臣秀吉と戦った後北条氏の本拠地、小田原城から見た石垣山の眺め。豊臣秀吉は石垣山に石垣山一夜城を築いた。</em></p>
<h2>戦国時代はいつからか?</h2>
<p>戦国時代のはじまりというのは、実はいろいろな解釈があって、これが定説という年は決まっていません。応仁の乱がはじまった1467年説、旧説では北条早雲の伊豆討ち入りの1491年説、近年では明応の政変の起こった1493年説が有力なところです。<br>私見では、弱体ながらも、室町幕府というのは、9代将軍、足利義尚までは存在していたと考えています。しかし、その後、細川政元による明応の政変(1493年)以降は、京都を押さえ、将軍を擁した有力戦国大名が実力で政権を立てるようになるため、その時点で足利将軍を中心とした室町幕府の実体は消滅したという考えています。いずれにしても、15世紀の後半には実体としての室町幕府は消滅し、戦国大名がしのぎを削る戦国時代に突入したと考えてよいと思います。<br>なお、1492年に、コロンブスが大西洋を渡ってカリブ海のサンサルバドル島に到達します。つまり、早雲が生きた時代に、西欧では大航海時代を迎えていま<br>した。</p>
<h2>室町体制の崩壊と秩序の再編</h2>
<p>戦国初期というのは、室町体制の崩壊と秩序の再編が激烈に行われた時期でした。この時期には、誰が最終的に全国を統一するか全く分からない状態でした。つまり、ちょっとした基盤があれば、誰にでもチャンスがあった時代でした。安芸の一国人に過ぎなかった毛利元就(北条早雲の約40年後出生)が一代で中国地方をほぼ統一したのはその代表例です。</p>
<h2>戦国初期の目まぐるしさ</h2>
<p>とにかく、戦国初期というのはいろいろな人物が出てきては消えていきます。系図と年表を広げながら、書籍や資料を読んでいかないと、すぐに訳が分からなくなります。当然、当時を生きた人は当事者なわけですから大変です。享徳3年(1454年)に享徳の乱がはじまり、全国に先駆けて戦国時代に突入した関東では、関東管領家の山内上杉氏や扇谷上杉氏といった守護大名の当主レベルでも、戦死した人物は少なからずいます。ですから、その下の階級のレベルの人になると、それはもう大変な状態だったでしょう。</p>
<h2>早雲は関東地生えの人ではなかった</h2>
<p>関東では、最終的に後北条氏が最有力勢力になりましたが、当初、早雲は関東に寸土も持っていない状態でした。ですから、太田道灌が謀殺された頃(文明18年(1486年))、彼の子孫が関東の主になるとは誰も考えることはできなかったでしょう。つまり、状況によっては、他の未来もいくらでもありえたのです。</p>
<h2>なぜ早雲を調べているのか</h2>
<p>武田信玄や織田信長の時期には次の天下人の有力者が見えてきており、戦国初期のようなカオス感はありません。このカオス感が戦国初期の魅力の1つです。<br><br>戦国初期のカオスの渦中にあって、当事者たちは何を思い、何を行って、どういう秩序を新たに作り上げていったのでしょうか。<br><br>その体現者の一人が北条早雲です。<br>また、早雲の主な活動範囲は、京ー駿河ー伊豆ー相模で、私自身の活動範囲に近いときています。<br>そのため、北条早雲をしかと調べたいと思ったわけです。<br><br>(終)<br><br></p>
<h2>参考図書: 北条早雲が主人公の歴史小説紹介</h2>
<h3>司馬遼太郎『箱根の坂』</h3>
<div>司馬さんの最晩年の歴史小説(初版は1984年。司馬さん、61歳の時)。全三巻。</div>
<p>魅力的なストーリーに匠に歌を織り交ぜ、あっという間に物語に引き込まれました。彼の作品の中でも屈指の作品だと思います。<br><br><a>新装版 箱根の坂(上) (講談社文庫)</a><br><a>新装版 箱根の坂(中) (講談社文庫)</a><br><a>新装版 箱根の坂(下) (講談社文庫)</a><br><br></p>
<h3>伊東潤『疾き雲のごとく-早雲と戦国黎明の男たち- 』</h3>
<p>ただ、『箱根の坂』が出版されてから、既に一世代経つなかで、新学説が出てきています。新説に対応した作品が伊東潤『疾き雲のごとく-早雲と戦国黎明の男たち- 』です。<br> この作品は主人公からその時代を見るという伝統的な手法と違い、早雲に関わった人から早雲を見るという視点で書かれています。6つの短編小説から成り、各短編小説はそれ自体で完結しています。<br><br> 短編小説の各主人公はそれぞれの人生の中で、早雲(宗瑞)という人にあって、重大な影響を受けます(多くは、悲劇的な結果となる)。<br> 数ある早雲を主人公とする歴史小説の中でも異彩を放つ作品です。<br><br><a>疾き雲のごとく (講談社文庫)</a><br><br></p>
<h3>伊東潤『黎明に起つ』</h3>
<p>伊東さんの長編小説です。<br>早雲と北条氏の民政重視の政治は有名ですが、本書では、どういう背景・経験を通じて、早雲が民政重視の思想を持つに至り、実践していったかが強烈に意識されて、書かれています。<br><br> 早雲も生まれてすぐに民政重視の政治をしようと思ったわけではないでしょう。幼少の頃より、応仁の乱をはじめとする乱世に揉まれ、その中で思想を確立し、統治システムを練り上げていったわけです。<br> その早雲の軌跡が、見所です。<br><br><a>黎明に起つ</a><br><br></p>

早雲時代の魅力-室町幕府の崩壊と関東情勢-

作成日:2014/6/13 , by fuji3zpg 開く

フィールドをゆく 北条早雲 室町から戦国時代への動きと北条早雲の生涯ーフィールドをゆく(1)ー

ノート【更新順】
・ 岡山県の没落武士
・ 江戸東京たてもの園を訪問
・ コルク社主催の伊東潤氏の第3回読者会に参加
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ノートまとめ【更新順】
・ 関ヶ原の戦いの動画
・ 淀川の城
・ 姫路城大天守の昼・夕暮れ・ライトアップ!
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歴史年表【更新順】
・ 『おんな城主 直虎』年表
・ 花燃ゆ第2回「波乱の恋文」
・ 歴史家・歴史小説家とその時代
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特集
・ 関ヶ原の戦い
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・ 文明論
・ 北条早雲
人物【更新順】
・ 子母澤寛
・ 周布政之助
・ 小田村伊之助
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出来事【更新順】
・ 新型コロナウィルス感染拡大に伴い、東京など7都道府県で非常事態宣言が発令
・ 中国の武漢で新型コロナウィルスが人に感染
・ 令和に改元決定
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世界史古代概論
・ 世界史古代概略
・ ローマと前漢、不思議な成立の符合
・ 古代の日本と西欧
戦国のはじまり
・ 早雲時代の魅力-室町幕府の崩壊と関東情勢-
・ 応仁の乱に関する歴史小説(池波正太郎『賊将』)と解説書
・ 北条早雲の生涯と伊東潤『疾き雲のごとく』-早雲の生涯を4期に分ける-
その他
・ 2015年NHK大河「花燃ゆ」の関連情報
・ 歴史系テレビ番組まとめ(2014年5月版)
・ 大坂の陣で奮戦した毛利勝永の記事
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