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文明9年(1477)、長尾景春は両上杉氏の対古河公方拠点、五十子陣を攻撃して、崩壊させた。両上杉首脳は利根川を渡り、東上野に逃れた。
江戸城-河越城ラインを分断しようとする豊島氏を打ち破った太田道灌は、両上杉首脳を救出すべく、北上した。道灌は、景春をおびき寄せるため、景春の拠点の鉢形城と五十子陣の間に陣を構えた。すると、景春勢が出撃してきたので、これを用土原・針ヶ谷(埼玉県大里郡寄居町周辺)で戦い、打ち破った。

(*)用土原・針ヶ谷の戦いがどこで行われたのか、定かではないが、参考のため、用土原の写真を撮った。この付近は平野となだらかな丘陵が広がっている。

用土原・針ヶ谷の戦い

文明9年(1477)、長尾景春は両上杉氏の対古河公方拠点、五十子陣を攻撃して、崩壊させた。両上杉首脳は利根川を渡り、東上野に逃れた。 江戸城-河越城ラインを分断しようとする豊島氏を打ち破った太田道灌は、両上杉首脳を救出すべく、北上した。道灌は、景春をおびき寄せるため、景春の拠点の鉢形城と五十子陣…

太田道灌 長尾景春 合戦 日本 埼玉県 大里郡

江古田・沼袋原の戦いは、長尾景春の乱の最中に起こったの戦いの1つで、東京都中野区の江古田あたりで戦われたと言われています。

長尾景春に味方する豊島氏が、太田道灌の江戸城と武蔵の扇谷上杉氏の拠点、川越城を分断すべく、石神井城と練馬城で蜂起しました。道灌は練馬城を攻撃した後、江戸城に戻ろうとしたところ、豊島氏が石神井城と練馬城から出撃してきたので、江古田あたりで戦いとなりました。

結果は、道灌方の大勝に終わり、江戸城-川越城分断という長尾景春の戦略に大きな狂いを生じさせることになりました。

江古田・沼袋原の戦い

江古田・沼袋原の戦いは、長尾景春の乱の最中に起こったの戦いの1つで、東京都中野区の江古田あたりで戦われたと言われています。 長尾景春に味方する豊島氏が、太田道灌の江戸城と武蔵の扇谷上杉氏の拠点、川越城を分断すべく、石神井城と練馬城で蜂起しました。道灌は練馬城を攻撃した後、江戸城に戻ろうとした…

豊島泰経 太田道灌 合戦 日本 東京都 中野区

境根原の戦い

文明10年(1478年)、古河公方と和睦交渉をはじめた両上杉氏の敵は、長尾景春勢のみとなった。 下総千葉氏は景春の有力な味方だったため、太田道灌はこれを打ち破るべく、文明10年(1478年)12月、下総に侵攻し、国府台に陣取った。千葉勢も軍を進め、両者は千葉県柏市の境根原で戦った。 結果は、道…

太田道灌 合戦 日本 千葉県 柏市

図説 太田道潅―江戸東京を切り開いた悲劇の名将

黒田基樹氏による太田道灌の一般向け解説書。 ビジュアルも多彩で関東にも道灌時代のものが残っていることに気づく。

長尾景春の乱 太田道灌 ヨーロッパ

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