西暦: 1394年 〜 1441年

足利6代将軍。

地域: 日本

足利義教

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関連する歴史年表: 応仁の乱と関東情勢 | 室町時代の東国 | 足利義満から応仁の乱の頃まで | 北条早雲


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グラフ: 「足利義教」と同時代の人物

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グラフ: 「足利義教」と同時代の出来事

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表: 「足利義教」と同時代の人物

今川了俊(貞世) 1325年 〜 1420年 日本
朱元璋(洪武帝) 1328年 〜 1398年 東アジア
イブン・ハルドゥーン 1332年 〜 1406年 地中海、西アジア
李成桂 1335年 〜 1408年 東アジア
ティムール 1336年 〜 1405年 地中海、西アジア
チョーサー 1340年 〜 1400年 ヨーロッパ
マルグレーテ 1353年 〜 1412年 ヨーロッパ
大内義弘 1356年 〜 1399年 日本
足利義満 1358年 〜 1408年 日本
足利氏満 1359年 〜 1398年 日本
バヤジット1世 1360年 〜 1403年 地中海、西アジア
永楽帝(成祖) 1360年 〜 1424年 東アジア
世阿弥 1363年 〜 1443年 日本
フス 1370年 〜 1415年 ヨーロッパ
鄭和 1371年 〜 1434年 東アジア
尚巴志 1372年 〜 1439年 日本
赤松満祐 1373年 〜 1441年 日本
足利満兼 1378年 〜 1409年 日本
建文帝 1383年 〜 1402年 東アジア
足利義持 1386年 〜 1428年 日本
長尾景仲 1388年 〜 1463年 日本
ウルグ・ベク 1394年 〜 1449年 地中海、西アジア
足利義教 1394年 〜 1441年 日本
エンリケ航海王子 1394年 〜 1460年 ヨーロッパ
トスカネリ 1397年 〜 1482年 ヨーロッパ
世宗(朝鮮王朝) 1397年 〜 1450年 東アジア
足利持氏 1398年 〜 1439年 日本
グーテンベルク 1400年 〜 1468年 ヨーロッパ
マサッチオ(マザッチョ) 1401年 〜 1428年 ヨーロッパ
一条兼良 1402年 〜 1481年 日本
シャルル7世 1403年 〜 1461年 ヨーロッパ
山名宗全(持豊) 1404年 〜 1473年 日本
日親 1407年 〜 1488年 日本
今川範忠 1408年 〜 1444年 日本
上杉憲実 1410年 〜 1466年 日本
太田道真 1411年 〜 1488年 日本
ジャンヌ・ダルク 1412年 〜 1431年 ヨーロッパ
長尾景信 1413年 〜 1473年 日本
蓮如 1415年 〜 1499年 日本
上杉持朝 1416年 〜 1467年 日本
雪舟 1420年 〜 1506年 日本
宗祇 1421年 〜 1502年 日本
村田珠光 1423年 〜 1502年 日本
正統帝(英宗) 1427年 〜 1464年 東アジア
細川勝元 1430年 〜 1473年 日本
上杉房定 1431年 〜 1494年 日本
太田道灌 1432年 〜 1486年 日本
北条早雲(旧説) 1432年 〜 1519年 日本
メフメト2世 1432年 〜 1481年 地中海、西アジア
上杉憲忠 1433年 〜 1455年 日本
斯波義敏 1433年 〜 1508年 日本
狩野正信 1434年 〜 1530年 日本
足利政知 1435年 〜 1491年 日本
足利義政 1436年 〜 1490年 日本
今川義忠 1436年 〜 1476年 日本
畠山義就 1437年 〜 1491年 日本
足利成氏 1438年 〜 1497年 日本
足利義視 1439年 〜 1491年 日本
日野富子 1440年 〜 1496年 日本
イヴァン3世 1440年 〜 1505年 ロシア
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表: 「足利義教」と同時代の出来事

教会大分裂(大シスマ) 1378年 〜 1417年 ヨーロッパ
康暦の変で、細川頼之、失脚 1379年 日本
小山氏の乱(小山義政の乱) 1380年 〜 1397年 日本
ワット・タイラーの乱 1381年 ヨーロッパ
ヤゲウォ朝(ヤゲロー朝) 1386年 〜 1572年 ヨーロッパ
チョーサー、『カンタベリ物語』を著す 1387年 〜 1400年 ヨーロッパ
土岐康行の乱 1390年 日本
明徳の乱 1391年 日本
足利義満、南北朝を統一し、南北朝時代終わる 1392年 日本
李朝朝鮮、成立 1392年 〜 1910年 東アジア
ニコポリスの戦い 1396年 地中海、西アジア
カルマル同盟 1397年 ヨーロッパ
足利義満、鹿苑寺金閣を建立 1397年 日本
洪武帝、六諭を発布 1397年 東アジア
応永の乱 1399年 日本
靖難の役 1399年 〜 1402年 東アジア
日明貿易、はじまる 1401年 日本
アンカラの戦い 1402年 地中海、西アジア
永楽帝、即位 1402年 〜 1424年 日本
鄭和の南海遠征 1405年 〜 1433年 東アジア
『永楽大典』完成 1408年 東アジア
足利義満、死去 1408年 日本
永楽帝によるモンゴル遠征 1410年 〜 1424年 東アジア
コンスタンツ公会議 1414年 〜 1418年 ヨーロッパ
上杉禅秀の乱はじまる(~1417年) 1416年 〜 1417年 日本
フス戦争 1419年 〜 1436年 ヨーロッパ
正長の土一揆 1428年 日本
黎氏大越国、成立 1428年 〜 1789年 東アジア
ジャンヌ・ダルク率いるフランス軍、オルレアン解放 1429年 ヨーロッパ
尚巴志、琉球統一 1429年 日本
オルレアンの戦い 1429年 ヨーロッパ
ジャンヌ・ダルク、火刑に処される 1431年 ヨーロッパ
永享の乱はじまる(~1439年) 1438年 〜 1439年 日本
結城合戦 1440年 日本
嘉吉の乱 1441年 日本
世宗、訓民正音(ハングル)を制定 1446年 東アジア
土木の変 1449年 東アジア
1450年頃、グーテンベルクが活版印刷をはじめる 1450年 ヨーロッパ
コンスタンティノープル、陥落 1453年 地中海、西アジア
享徳の乱はじまる(~1482年) 1454年 〜 1482年 日本
分倍河原の戦い(享徳4年) 1455年 日本
バラ戦争 1455年 〜 1485年 ヨーロッパ
コシャマインの戦い 1457年 日本
太田道灌、江戸城を築城 1457年 日本
寛正の大飢饉 1461年 日本
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「足利義教」の関連ノート

【応仁の乱に関する歴史小説(池波正太郎『賊将』)と解説書】<h2>京の影響を受ける関東</h2>
<p>当サイトの記事で何度か書いているとおり、北条早雲の時代、関東の情勢は京都の情勢に強く影響されます。ですから、早雲について調べていると、どうしても京都のことも知りたくなってきます。そして、早雲が活躍する一昔前、京都の情勢に大きな影響を与えた事件といえば、応仁の乱でしょう。</p>
<p>応仁の乱の原因は諸説あり、登場人物は多岐にわたり、しかも名前が似ており、血縁、養子関係も複雑で到底ここで書く気になれません。そこで、応仁の乱を題材にした書籍を紹介することで、早雲前史としての応仁の乱を理解するという目的を間接的に達成したいと思います。</p>
<p><a><img></a></p>
<h2>参考となる歴史解説書</h2>
<p>昨年(2009年)、一般読者向けの日本中世史シリーズが発売されました。日本中世史ファンには朗報と言えるでしょう。応仁の乱については、</p>
<p><strong>池 享『戦国大名と一揆 (日本中世の歴史6)』, 2009</strong></p>
<p>で扱われています。</p>
<p>(*)日本中世の歴史6とあるように、この本はシリーズ6冊目であり、最終巻でもあります。</p>
<p>応仁の乱前後の政治史のみならず、社会史にも言及されており、戦国史の本のさわりだけの解説では飽き足らないが、応仁の乱前後の専門書を読む気にはなれない戦国ファンには良書だと思います。</p>
<h2>足利義政が主人公の歴史小説~池波正太郎『賊将』~</h2>
<p>この歴史解説書を読むと応仁の乱のことは理解できますと言いたいところですが、初学者の場合、おそらく読んでもすぐ忘れて、ゴチャゴチャしていたことだけが記憶に残るでしょう。それは本の完成度の問題ではなく、解説する対象が複雑だからです。しかし、解説書で一応理解したあと、時間を置かず、すぐに歴史小説を読み、主人公とともに間接的に当時を追体験すると理解と記憶が深まります。</p>
<p>応仁の乱を題材にした有名な歴小説は2つあります。</p>
<ul>
<li><strong>永井 路子『銀の館』</strong></li>
<li><strong>池波正太郎『賊将 改版』</strong></li>
</ul>
<p>永井さんの本は読んだことがないので、言及しません。<br>池波さんの『賊将』は6つの短編小説で1冊の本になっており、その第1作目が「応仁の乱」です。短編小説とは言っても、180ページほどあるので、十分読み応えがあります。 <strong>司馬遼太郎『箱根の坂』</strong>でも、若き早雲の目を通して、応仁の乱前後の京が書かれています。不遇な若き早雲は辛辣に権力者たちを見ており、早雲を通して、司馬さんはバッサリと彼らを斬っていくので読者としては痛快ではありますが、もし自分が当時の支配者層に生まれていたら、どうにかできただろうかという視点で見ると、また違った景色が見えてきます。</p>
<h2>あなたならどうする?</h2>
<p>その1つのシミュレーションとして、池波さんの「応仁の乱」は参考となると思います。この作品は室町幕府の8代将軍、足利義政が主人公です。義政の父、6代将軍、足利義教は弱体な室町幕府の権威と権力を強めようと奮闘します。</p>
<p>しかし、その行動は有力守護大名からみると、迷惑であり、脅威に他なりません(永享の乱も、彼の強権路線に鎌倉公方、足利持氏(のちの古河公方となる足利成氏の父)が反発したという側面があります)。そういった緊張関係の中で、足利義教は、将軍家と彼に恨みを持つ赤松満祐に謀殺されてしまいます。</p>
<p>将軍である父親が一守護大名に殺害され、早世した兄の後を継いで、義政はわずか14歳で将軍職を継ぎます。現代なら、中学生の年頃ですね。 こういう状況では当然義政に実権があるわけもなく、足利一族の畠山氏や義政の側近が権勢を奮います。本人にすれば、「名ばかり将軍」であって、どうにもならない感があったことは無理なく推測されます。もし実権を取り戻そうと、強引なことをすれば、父のような最期を迎えるかもしれません。それでも放置していてうまくいっていれば、まあよいかもしれませんが、細川氏と山名氏などの有力守護大名間の争い、既存宗教勢力に加え、新興宗教勢力の台頭、土民の蜂起など、混乱は深まるばかりです。そして、義政は現実に絶望して、芸術に逃避します。</p>
<p>この行為が批判の対象となるわけですが、あなたが義政だったら、こういう状況でどうするでしょうか。</p>
<p><a><img></a></p>
<div><em>応仁の乱の一局面を描いた関係図 実際には時間の推移と共に複雑怪奇な動きを見せる。</em></div>
<p> </p>
<p>イントロはこれくらいにして、あとは池波さんの本に譲ります。彼はさすがに人気作家だけのことはあって、私は最後まで興味深く読みました。義政の絶望とその後の混乱、そして、この混乱を最終的に収めた織田信長という強烈な人物と政権。このラインが見えてくれば、戦国史をより深く、多面的に理解できるのではなかろうかと思います。</p>
<h2>資料: 応仁の乱</h2>
<div> </div>
<p>(終)</p>

応仁の乱に関する歴史小説(池波正太郎『賊将』)と解説書

作成日:2014/6/14 , by fuji3zpg 開く

足利義政 応仁の乱 フィールドをゆく 室町から戦国時代への動きと北条早雲の生涯ーフィールドをゆく(1)ー

【早雲時代の魅力-室町幕府の崩壊と関東情勢-】<h2>なぜ早雲か?</h2>
<p>戦国時代というと、人気があるのは武田信玄、上杉謙信、織田信長、豊臣秀吉あたりでしょうか。こういった人気のある戦国武将を差し置いて、なぜ私は北条早雲という人物をテーマにしているのでしょうか。以下、理由を述べてみたいと思います。</p>
<h2>室町幕府の成立と相対的安定期</h2>
<p>有力守護大名の連合政権だった室町幕府は成立の当初からを弱体でしたが、曲がりながらにも権威と権力を持った室町幕府は正義を提供していました(ただし、足<br>利義満の時代から嘉吉の乱(嘉吉元年(1441年)、6代将軍、足利義教が赤松満祐に暗殺された事件)までは比較的安定していました。つまり、幕府が正し<br>いとすることが正しいということで世の中がそれなりに処理されていました。</p>
<h2>立ち腐れる室町幕府と織豊政権の成立</h2>
<p>しかし、室町体制が崩壊すると、何が正しいかは戦いによって決まる時代に入ってしまいました。その結果、自衛のため、弱者は有力者を頼り、有力者は最有力者を頼るという関係が各地で再構築され始めました。その権力の頂点が戦国大名です。<br><br><em>司馬さんは、早雲の生涯を通して、この辺りのプロセスをうまく書いています(参考図書を参照)。</em><br><br>そして、戦国大名同士、さらには戦国大名と宗教勢力の戦いがはじまり、最終的には織田信長の地盤を受け継いだ豊臣秀吉が、天正18年(1590年)に早雲の子孫である後北条氏を降して、全国を統一しました。</p>
<p><a><img></a></p>
<p><em>2010年9月撮影</em><br><em>全国で最後まで豊臣秀吉と戦った後北条氏の本拠地、小田原城から見た石垣山の眺め。豊臣秀吉は石垣山に石垣山一夜城を築いた。</em></p>
<h2>戦国時代はいつからか?</h2>
<p>戦国時代のはじまりというのは、実はいろいろな解釈があって、これが定説という年は決まっていません。応仁の乱がはじまった1467年説、旧説では北条早雲の伊豆討ち入りの1491年説、近年では明応の政変の起こった1493年説が有力なところです。<br>私見では、弱体ながらも、室町幕府というのは、9代将軍、足利義尚までは存在していたと考えています。しかし、その後、細川政元による明応の政変(1493年)以降は、京都を押さえ、将軍を擁した有力戦国大名が実力で政権を立てるようになるため、その時点で足利将軍を中心とした室町幕府の実体は消滅したという考えています。いずれにしても、15世紀の後半には実体としての室町幕府は消滅し、戦国大名がしのぎを削る戦国時代に突入したと考えてよいと思います。<br>なお、1492年に、コロンブスが大西洋を渡ってカリブ海のサンサルバドル島に到達します。つまり、早雲が生きた時代に、西欧では大航海時代を迎えていま<br>した。</p>
<h2>室町体制の崩壊と秩序の再編</h2>
<p>戦国初期というのは、室町体制の崩壊と秩序の再編が激烈に行われた時期でした。この時期には、誰が最終的に全国を統一するか全く分からない状態でした。つまり、ちょっとした基盤があれば、誰にでもチャンスがあった時代でした。安芸の一国人に過ぎなかった毛利元就(北条早雲の約40年後出生)が一代で中国地方をほぼ統一したのはその代表例です。</p>
<h2>戦国初期の目まぐるしさ</h2>
<p>とにかく、戦国初期というのはいろいろな人物が出てきては消えていきます。系図と年表を広げながら、書籍や資料を読んでいかないと、すぐに訳が分からなくなります。当然、当時を生きた人は当事者なわけですから大変です。享徳3年(1454年)に享徳の乱がはじまり、全国に先駆けて戦国時代に突入した関東では、関東管領家の山内上杉氏や扇谷上杉氏といった守護大名の当主レベルでも、戦死した人物は少なからずいます。ですから、その下の階級のレベルの人になると、それはもう大変な状態だったでしょう。</p>
<h2>早雲は関東地生えの人ではなかった</h2>
<p>関東では、最終的に後北条氏が最有力勢力になりましたが、当初、早雲は関東に寸土も持っていない状態でした。ですから、太田道灌が謀殺された頃(文明18年(1486年))、彼の子孫が関東の主になるとは誰も考えることはできなかったでしょう。つまり、状況によっては、他の未来もいくらでもありえたのです。</p>
<h2>なぜ早雲を調べているのか</h2>
<p>武田信玄や織田信長の時期には次の天下人の有力者が見えてきており、戦国初期のようなカオス感はありません。このカオス感が戦国初期の魅力の1つです。<br><br>戦国初期のカオスの渦中にあって、当事者たちは何を思い、何を行って、どういう秩序を新たに作り上げていったのでしょうか。<br><br>その体現者の一人が北条早雲です。<br>また、早雲の主な活動範囲は、京ー駿河ー伊豆ー相模で、私自身の活動範囲に近いときています。<br>そのため、北条早雲をしかと調べたいと思ったわけです。<br><br>(終)<br><br></p>
<h2>参考図書: 北条早雲が主人公の歴史小説紹介</h2>
<h3>司馬遼太郎『箱根の坂』</h3>
<div>司馬さんの最晩年の歴史小説(初版は1984年。司馬さん、61歳の時)。全三巻。</div>
<p>魅力的なストーリーに匠に歌を織り交ぜ、あっという間に物語に引き込まれました。彼の作品の中でも屈指の作品だと思います。<br><br><a>新装版 箱根の坂(上) (講談社文庫)</a><br><a>新装版 箱根の坂(中) (講談社文庫)</a><br><a>新装版 箱根の坂(下) (講談社文庫)</a><br><br></p>
<h3>伊東潤『疾き雲のごとく-早雲と戦国黎明の男たち- 』</h3>
<p>ただ、『箱根の坂』が出版されてから、既に一世代経つなかで、新学説が出てきています。新説に対応した作品が伊東潤『疾き雲のごとく-早雲と戦国黎明の男たち- 』です。<br> この作品は主人公からその時代を見るという伝統的な手法と違い、早雲に関わった人から早雲を見るという視点で書かれています。6つの短編小説から成り、各短編小説はそれ自体で完結しています。<br><br> 短編小説の各主人公はそれぞれの人生の中で、早雲(宗瑞)という人にあって、重大な影響を受けます(多くは、悲劇的な結果となる)。<br> 数ある早雲を主人公とする歴史小説の中でも異彩を放つ作品です。<br><br><a>疾き雲のごとく (講談社文庫)</a><br><br></p>
<h3>伊東潤『黎明に起つ』</h3>
<p>伊東さんの長編小説です。<br>早雲と北条氏の民政重視の政治は有名ですが、本書では、どういう背景・経験を通じて、早雲が民政重視の思想を持つに至り、実践していったかが強烈に意識されて、書かれています。<br><br> 早雲も生まれてすぐに民政重視の政治をしようと思ったわけではないでしょう。幼少の頃より、応仁の乱をはじめとする乱世に揉まれ、その中で思想を確立し、統治システムを練り上げていったわけです。<br> その早雲の軌跡が、見所です。<br><br><a>黎明に起つ</a><br><br></p>

早雲時代の魅力-室町幕府の崩壊と関東情勢-

作成日:2014/6/13 , by fuji3zpg 開く

フィールドをゆく 北条早雲 室町から戦国時代への動きと北条早雲の生涯ーフィールドをゆく(1)ー

ノート【更新順】
・ 岡山県の没落武士
・ 江戸東京たてもの園を訪問
・ コルク社主催の伊東潤氏の第3回読者会に参加
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ノートまとめ【更新順】
・ 関ヶ原の戦いの動画
・ 淀川の城
・ 姫路城大天守の昼・夕暮れ・ライトアップ!
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歴史年表【更新順】
・ 『おんな城主 直虎』年表
・ 花燃ゆ第2回「波乱の恋文」
・ 歴史家・歴史小説家とその時代
もっと見る
特集
・ 関ヶ原の戦い
・ 幕末維新
・ 文明論
・ 北条早雲
人物【更新順】
・ 子母澤寛
・ 周布政之助
・ 小田村伊之助
もっと見る
出来事【更新順】
・ 新型コロナウィルス感染拡大に伴い、東京など7都道府県で非常事態宣言が発令
・ 中国の武漢で新型コロナウィルスが人に感染
・ 令和に改元決定
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世界史古代概論
・ 世界史古代概略
・ ローマと前漢、不思議な成立の符合
・ 古代の日本と西欧
戦国のはじまり
・ 早雲時代の魅力-室町幕府の崩壊と関東情勢-
・ 応仁の乱に関する歴史小説(池波正太郎『賊将』)と解説書
・ 北条早雲の生涯と伊東潤『疾き雲のごとく』-早雲の生涯を4期に分ける-
その他
・ 2015年NHK大河「花燃ゆ」の関連情報
・ 歴史系テレビ番組まとめ(2014年5月版)
・ 大坂の陣で奮戦した毛利勝永の記事
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