徳川幕府の初代の将軍、徳川家康が将軍宣下を受け、また、最後の将軍、徳川慶喜が大政奉還を行った城。

日本100名城 日本 京都府 京都市

作成日:2014/06/11

関連情報: Wikipediaツイート で「二条城」を調べる

「二条城」の関連ノート

【二条城本丸の東側枡形虎口】<p>奥に二条城の本丸櫓門があり、中央の石垣には埋門になっており、多聞櫓が上部に乗っていた。そして、本丸櫓門の2階と多聞櫓は廊下を通じて連結されていた。</p>
<p>ということで、かつての姿は現在とは違う。</p>

二条城本丸の東側枡形虎口

作成日:2014/8/4 , 地図あり, by fuji3zpg 開く

二条城本丸 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城の本丸櫓門】<p>門の上部に窓がなく、何となく間が抜けている感のある二条城の本丸櫓門。</p>
<p>1626年の後水尾天皇行幸の際に、二の丸御殿と本丸御殿は廊下橋で連結された。そして、将軍上洛がなくなって久しい1687年に廊下橋は取り壊されたとのこと。そのため、本来はあるべき本丸櫓門の窓がない。</p>

二条城の本丸櫓門

作成日:2014/8/4 , 地図あり・方位あり・方位あり, by fuji3zpg 開く

本丸櫓門 二条城 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城の本丸櫓門と今は亡き廊下橋】<p>左の櫓が二条城の本丸櫓門。<br>この櫓門の東側(二の丸御殿方面)は門の上部(2階)に窓がないという奇妙な形をしている。</p>
<p>17世紀後半に撤去されるまで、二の丸御殿(右)と本丸御殿(左)は2階建ての廊下橋でつながっていたからだという。</p>

二条城の本丸櫓門と今は亡き廊下橋

作成日:2014/8/3 , 地図あり・方位あり・方位あり, by fuji3zpg 開く

本丸櫓門 二条城 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城二の丸御殿の黒書院・蘇鉄の間・大広間】<p>二条城二の丸御殿の黒書院の廊下から撮影。<br>左のつなぎが蘇鉄の間で、分かりにくいが手前の男女の後ろに蘇鉄がある。</p>
<p>写真中央の建物が大広間で、右側が二の丸庭園。</p>

二条城二の丸御殿の黒書院・蘇鉄の間・大広間

作成日:2014/8/1 , 地図あり・方位あり・方位あり, by fuji3zpg 開く

二条城二の丸御殿 黒書院 蘇鉄の間 大広間 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城二の丸御殿の大広間・式台・遠侍】<p>二条城の二の丸御殿は内部が撮影禁止なので、外から撮影。</p>
<p>左から右に大広間、式台、遠侍が写っている。<br>遠侍が諸大名の控えの間で、式台が老中が諸大名の対応をし、大広間で将軍が諸大名に謁見した。</p>

二条城二の丸御殿の大広間・式台・遠侍

作成日:2014/8/1 , 地図あり・方位あり・方位あり, by fuji3zpg 開く

式台 遠侍 二条城二の丸御殿 大広間 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城の二の丸御殿】<p>二条城二の丸御殿。<br>右側に出っ張っているのが車寄せで、左の建物が遠侍。</p>
<p>遠侍は、諸大名の控えの間だった。</p>

二条城の二の丸御殿

作成日:2014/8/1 , 地図あり・方位あり・方位あり, by fuji3zpg 開く

二の丸御殿 遠侍 二条城 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城の二の丸御殿唐門】<p>唐破風で装飾性の高い、二条城の二の丸御殿唐門。</p>
<p>2011年12月から2013年8月まで改修が行われていた。詳しくは「<a>【広報資料】(お知らせ)二条城二の丸御殿唐門・築地保存修理工事完成及び唐門開通について―菊紋の下に隠された葵の御紋―</a>」をご覧ください。</p>
<p>「修理の際,飾金具を取り外したところ,垂木鼻先金具で,菊紋の下に葵紋を発見しました。」とのことで、この唐門にも時代が刻み込まれているなと思った次第。</p>

二条城の二の丸御殿唐門

作成日:2014/7/30 , 地図あり, by fuji3zpg 開く

二の丸御殿唐門 二条城 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城の番所】<p>1663年に建築されたという二条城の番所。東大手門から入ってすぐ西側にある。</p>
<p>幕府から派遣された「二条在番」の武士が二条城の警護に当っていた。</p>

二条城の番所

作成日:2014/7/30 , 地図あり・方位あり・方位あり, by fuji3zpg 開く

番所 二条城 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【GPS+wifi付き一眼レフ Canon EOS 6D レビュー】<p>今年(2013年)5月に、Canonの一眼レフカメラ Canon EOS 6D を購入した。</p>
<p><a>Canon EOS 6D 公式サイト</a></p>
<p>購入から約5ヶ月経過し、このカメラで歴史系写真を中心に約5000枚程度撮影した。<br> 購入からざっくり振り返ってみたい。</p>
<p><a><img></a><br> <img></p>
<h2>一眼レフ前史: コンデジからiPhoneへ</h2>
<p>3年半ほど前に、歴史系写真を本格的に撮りはじめたが、その時に使ったのがPanasonicのデジカメ(コンパクトデジタルカメラ)だった。<br> 2年半ほど前に、iPhone4を入手し、デジカメとiPhoneで撮影していたが、iPhoneの使用比率が徐々に増え、昨年はiPhoneのみで撮影していた。</p>
<p>前 出のPanasonicデジカメには、GPS機能はついていなかった(当時はそういうものだった)ため、今となってはどこで撮影したのか分からない写真も 多い。また、wifi機能も付いていなかったので、写真の投稿は帰宅後ということになる。その点、iPhoneはGPS付きで、Twitter投稿も簡単 だったため、徐々にデジカメはiPhoneにその座を譲った。</p>
<p>どこで撮ったかという位置情報を記録しておかないと、時間の経過とともに忘れてしまう。特に、ブログを書きはじめてから、GPS機能は自分には必須だと思うようになった。</p>
<h2>iPhoneから一眼レフへ</h2>
<p>一眼レフの購入を決めるきっかけは、知人との打ち合わせだった。<br> 話の中で、美しい写真の重要性を認識した。</p>
<p>ちょうど仕事の合間だったこともあって、翌日じっくり検討し、GPS+wifi付き一眼レフ Canon EOS 6Dを買うことにした。翌々日、西新宿のヨドバシカメラへ行って、店員さんに相談・確認の上、Canon EOS 6Dを購入した。</p>
<h2>GPS+wifi付き一眼レフ Canon EOS 6D</h2>
<p>■ GPS(位置情報)<br> 一眼レフは、確かにiPhoneやデジカメ(コンパクトデジタルカメラ)を寄せつけないクオリティがある。<br> しかし、写真に位置情報を付けられないなら、自分は一眼レフカメラを買わなかっただろう。つまり、自分にとって重要なのは、位置情報を付けられる一眼レフがあるかどうかだった。</p>
<p>5ヶ月前に調べたところ、一眼レフでGPSとwifiが両方内蔵しているのは Canon EOS 6D だけだった。そのため、6Dに決めた。</p>
<p><a>外付けGPS</a>(「GPSレシーバー GP-E2 25,000円(ケース付き、税別)」らしい)も売っているが、大きな一眼レフがさらに大きくなり、動きながら撮影する自分のスタイルには合わないと判断した。</p>
<p>ただ、残念ながら、6Dの内蔵GPSでは方位までは取得できない。<br> この点、iPhoneの方が優っている。</p>
<p>なお、6Dの内蔵GPSの精度は、実感としてはiPhone5と変わらない。</p>
<p>■ wifi<br> 6Dにはwifiも内蔵されているため、一眼レフで撮影したあと、iPhoneに写真を移し、即座に共有できる。</p>
<p>* 6DからiPhoneに写真を移すには、iPhoneに”<a>EOS Remote</a>”というアプリをインストールし、iPhoneから6Dのwifiに接続する操作を行う。</p>
<p>こ の点も重要で、写真の中には即座に Twitter/Facebook/Instagram などで共有したいものもある。6DからiPhoneにwifiで移した写真は、GPSなどをはじめ、ほとんどの付加情報が欠落してしまうのが欠点だが、即 座に共有する写真は、目的が記録ではなく、コミュニケーションなので、気にしていない。また、<a>Instagram</a>のように、SNSの方で位置情報を付けられるサービスもある。</p>
<h2>Canon EOS 6Dの難点</h2>
<p>1.Canon EOS 6Dというよりも一般的に、一眼レフは重い。6Dは5D MarkⅢなどよりは軽いが、iPhoneやデジカメと比べると、ズッシリくる重さ(約1.4kg)だ。最近、筋力が付いてきたのかマシにはなったが、機 動力が2割程度は落ちるイメージである(6Dを持って、歴史めぐりすることを別名「一眼筋トレ」と呼んでいる。。親しみを込めて)。<br> 2.一眼レフは大きいため、自転車との相性もいいとは言えない。どうしても、カメラ用バッグが1つ増えてしまう。また、撮影対象を見つけてから、カメラ バッグからカメラを取り出して撮影となるので、特に移動中はiPhoneやコンデジよりも撮影するまでのスピードが劣る。</p>
<p>それでもなお、自分が6Dを使っているのは、位置情報付きのハイクオリティ写真を撮れるためだ。<br> 6Dでうまく撮れた時の感動は大きい。</p>
<h2>Canon EOS 6Dで撮影した写真</h2>
<p>以下、6Dで撮影した写真である。<br> ご参考までに。</p>
<div>写真をクリックすると、リンク先のページにマップがあり、撮影位置が分かります。</div>
<p>■ 石碑<br> ・鎌倉の十二所にある大江広元邸跡(2013年9月1日)<br> <a><img></a></p>
<p>■ 建物・櫓<br> ・二条城本丸にある御書院の玄関車寄(2013年9月25日)<br><a><img></a></p>
<p>■ 石垣<br> ・雲海で有名な竹田城: 南二の丸から本丸の石垣を見上げる(2013年9月21日)<br> <a><img></a></p>
<p>■ イベント<br> ・新井城の笠懸「道寸祭り」(1)(2013年5月26日)<br> <a><img></a></p>
<p>・新井城の笠懸「道寸祭り」(2): この射手は女性で、男性射手の重厚さと比べて、優美さを感じる。(2013年5月26日)<br> <a><img></a></p>
<p>■ 風景<br> ・竹田城: 竹田城北西の藤和峠より撮影(2013年9月21日)<br><a><img></a></p>
<p>■ 料理<br> ・川越城サイクリングを終えて、イタリアンで締めた時の写真(2013年5月19日)<br><a><img></a></p>
<p>■ ネコ<br> ・浄妙寺の五輪塔で寝ていたネコ<br><a><img></a></p>
<h2>Canon EOS 6Dとコンデジ(Canon PowerShot SX280HS)の写真を比較</h2>
<p>■ 鎌倉 亀ヶ谷切通しの地蔵菩薩をSX280HSと一眼レフで撮り比べてみた。<br> なお、亀ヶ谷切通しは山ノ内と扇ヶ谷を結ぶ亀ヶ谷切通し。切通しとは、鎌倉を出入りする細い通路で、鎌倉の治安維持・防衛の役割も果たした。</p>
<p>・コンデジ(Canon PowerShot SX280HS)で撮った写真<br> <a><img></a></p>
<p>・Canon EOS 6Dで撮った写真<br><a><img></a></p>
<p>両者は、同じ日・ほぼ同じ時間・アングルで撮影した。<br> やはり、一眼レフの方が鮮明ではないだろうか。</p>
<p>*なお、このコンデジ(<a>Canon PowerShot SX280HS</a>)は、6Dとほぼ同じ時期(2013年6月)に6Dのサブ機として買った。</p>
<p>(終)</p>

GPS+wifi付き一眼レフ Canon EOS 6D レビュー

作成日:2014/6/27 , by fuji3zpg 開く

EOS-6D 一眼レフカメラ カメラーフィールドをゆく(6)ー

【二条城】東大手門の手前から、南東隅櫓を撮影。東大手門と南東隅櫓は、多聞塀でつながっている。多聞塀は、約45mあるとのこと。

作成日:2013/10/21 , 地図あり・方位あり・方位あり, by fuji3zpg 開く

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