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二条城見学(2013年9月)

二条城 京都

投稿日: 2014/08/06

はじめに:

おそらく3度目の二条城ですが、城のことを調べ始めてからは初見です。
二条城は戦場にはなっていませんが、その政治的意義は大きく、重要な城です。

作成日:2014/5/16 , 地図あり・方位あり・方位あり Header fuji3zpg 開く

二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

二条城の東大手門。<br><br>二条城は、江戸幕府の京都支配の拠点だった。徳川家康による二条城造営より、この東大手門は正門。

二条城の番所

作成日:2014/7/30 , 地図あり・方位あり・方位あり Header fuji3zpg 開く

番所 二条城 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城の番所】<p>1663年に建築されたという二条城の番所。東大手門から入ってすぐ西側にある。</p>
<p>幕府から派遣された「二条在番」の武士が二条城の警護に当っていた。</p>

二条城の二の丸御殿唐門

作成日:2014/7/30 , 地図あり Header fuji3zpg 開く

二の丸御殿唐門 二条城 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城の二の丸御殿唐門】<p>唐破風で装飾性の高い、二条城の二の丸御殿唐門。</p>
<p>2011年12月から2013年8月まで改修が行われていた。詳しくは「<a>【広報資料】(お知らせ)二条城二の丸御殿唐門・築地保存修理工事完成及び唐門開通について―菊紋の下に隠された葵の御紋―</a>」をご覧ください。</p>
<p>「修理の際,飾金具を取り外したところ,垂木鼻先金具で,菊紋の下に葵紋を発見しました。」とのことで、この唐門にも時代が刻み込まれているなと思った次第。</p>

二条城の二の丸御殿

作成日:2014/8/1 , 地図あり・方位あり・方位あり Header fuji3zpg 開く

二の丸御殿 遠侍 二条城 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城の二の丸御殿】<p>二条城二の丸御殿。<br>右側に出っ張っているのが車寄せで、左の建物が遠侍。</p>
<p>遠侍は、諸大名の控えの間だった。</p>

二条城二の丸御殿の大広間・式台・遠侍

作成日:2014/8/1 , 地図あり・方位あり・方位あり Header fuji3zpg 開く

式台 遠侍 二条城二の丸御殿 大広間 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城二の丸御殿の大広間・式台・遠侍】<p>二条城の二の丸御殿は内部が撮影禁止なので、外から撮影。</p>
<p>左から右に大広間、式台、遠侍が写っている。<br>遠侍が諸大名の控えの間で、式台が老中が諸大名の対応をし、大広間で将軍が諸大名に謁見した。</p>

二条城二の丸御殿の黒書院・蘇鉄の間・大広間

作成日:2014/8/1 , 地図あり・方位あり・方位あり Header fuji3zpg 開く

二条城二の丸御殿 黒書院 蘇鉄の間 大広間 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城二の丸御殿の黒書院・蘇鉄の間・大広間】<p>二条城二の丸御殿の黒書院の廊下から撮影。<br>左のつなぎが蘇鉄の間で、分かりにくいが手前の男女の後ろに蘇鉄がある。</p>
<p>写真中央の建物が大広間で、右側が二の丸庭園。</p>

二条城の本丸櫓門と今は亡き廊下橋

作成日:2014/8/3 , 地図あり・方位あり・方位あり Header fuji3zpg 開く

本丸櫓門 二条城 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城の本丸櫓門と今は亡き廊下橋】<p>左の櫓が二条城の本丸櫓門。<br>この櫓門の東側(二の丸御殿方面)は門の上部(2階)に窓がないという奇妙な形をしている。</p>
<p>17世紀後半に撤去されるまで、二の丸御殿(右)と本丸御殿(左)は2階建ての廊下橋でつながっていたからだという。</p>

二条城の本丸櫓門

作成日:2014/8/4 , 地図あり・方位あり・方位あり Header fuji3zpg 開く

本丸櫓門 二条城 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城の本丸櫓門】<p>門の上部に窓がなく、何となく間が抜けている感のある二条城の本丸櫓門。</p>
<p>1626年の後水尾天皇行幸の際に、二の丸御殿と本丸御殿は廊下橋で連結された。そして、将軍上洛がなくなって久しい1687年に廊下橋は取り壊されたとのこと。そのため、本来はあるべき本丸櫓門の窓がない。</p>

二条城本丸の東側枡形虎口

作成日:2014/8/4 , 地図あり Header fuji3zpg 開く

二条城本丸 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城本丸の東側枡形虎口】<p>奥に二条城の本丸櫓門があり、中央の石垣には埋門になっており、多聞櫓が上部に乗っていた。そして、本丸櫓門の2階と多聞櫓は廊下を通じて連結されていた。</p>
<p>ということで、かつての姿は現在とは違う。</p>

作成日:2014/8/5 , 地図あり Header fuji3zpg 開く

天守台 二条城本丸 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

<p>二条城本丸天守台の石段</p>

二条城天守台から本丸御殿を撮影

作成日:2014/8/6 , 地図あり・方位あり・方位あり Header fuji3zpg 開く

二条城本丸御殿 和宮 孝明天皇 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城天守台から本丸御殿を撮影】<p>正面の建物が二条城の本丸御殿。</p>
<p>江戸時代の本丸御殿は、1788年の市中の大火で消失した。<br>現在の本丸御殿は、1893年から翌年に京都御苑今出川御門内の旧桂宮御殿を移築したもの。14代将軍、徳川家茂に嫁いだ皇女和宮が約1年8ヶ月間、居住した。また、孝明天皇の仮皇居として使用されたこともある。</p>
<p>なお、天守台でこの見晴らしなので、五層の天守閣上からはかなりの高さだったはず。</p>

二条城天守台から本丸南側の内堀を撮影

作成日:2014/8/11 , 地図あり・方位あり・方位あり Header fuji3zpg 開く

桃山門 二条城天守台 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城天守台から本丸南側の内堀を撮影】<p>天守台から内堀の突き当りに桃山門が見える。木々に見えないが、本丸の南東(写真の左側)には二重櫓があった。</p>
<p>桃山門は今はなき女院御殿の入り口だった。<br>位置的には女院御殿は桃山門の右側(南側)にあった。</p>

二条城天守台から本丸西枡形を撮影

作成日:2014/8/11 , 地図あり Header fuji3zpg 開く

二条城本丸西枡形 二条城天守台 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城天守台から本丸西枡形を撮影】<p>二条城天守台から北側の本丸西枡形を撮影。</p>
<p>西枡形に木橋の西橋がかかっている。水掘の奥に白い建物があり、これが米蔵で、現存する3つの米蔵の1つ。ちなみに、現存する米蔵はすべて二条城にある。</p>

二条城本丸の西橋から本丸西枡形を撮影

作成日:2014/8/11 , 地図あり・方位あり・方位あり Header fuji3zpg 開く

二条城本丸西枡形 二条城三重櫓跡 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城本丸の西橋から本丸西枡形を撮影】<p>写真右側が二条城本丸の西枡形で、江戸期には石垣上を多聞櫓が配置されていて、埋門となっていた。</p>
<p>写真左側隅には、三重櫓が建っていた。本丸と二ノ丸には天守を除くと、7基の多重櫓が建っていたが、本丸北西のみが三重櫓だった。</p>

二条城西橋から天守台を撮影

作成日:2014/8/11 , 地図あり・方位あり・方位あり Header fuji3zpg 開く

二条城天守台 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城西橋から天守台を撮影】<p>二条城西橋を渡った地点から天守台を撮影。</p>
<p>天守台上にいる人との対比で、天守台の大きさが分かると思う。</p>

南西から見た二条城二の丸東南隅櫓

作成日:2014/8/25 , 地図あり・方位あり・方位あり Header fuji3zpg 開く

二条城二の丸東南隅櫓 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【南西から見た二条城二の丸東南隅櫓】<p>二条城二の丸東南隅櫓は、現存する2つの隅櫓の1つ。<br>千鳥破風が配されている。石落しは幕末の改修で付けられたとのこと。</p>
<p>夕日が漆喰に映えていい感じ。</p>

二条城西南隅櫓と外堀南面

作成日:2014/8/25 , 地図あり・方位あり・方位あり Header fuji3zpg 開く

二条城西南隅櫓 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城西南隅櫓と外堀南面】<p>二条城二の丸西南隅櫓は唐破風が付いている(東南隅櫓は千鳥破風)。</p>
<p>ドン突きの石垣から手前が寛永期に拡張されたエリア。堀幅は約18m。</p>

二条城西門

作成日:2014/8/25 , 地図あり・方位あり・方位あり Header fuji3zpg 開く

二条城西門 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城西門】<p>二条城西門は二の丸西側に入る城門。石垣の間に門があり、上部は多聞塀となっている埋門。かつては木橋がかかっていたそうだ。<br>内部は内枡形になっているが、現在、内部は見学できない。</p>
<p>土塀と多聞塀の間には腐りにくいように、石垣が配置されている(写真の右側で塀と土塁が接触している所にある石垣のこと。この写真では分かりにくいが)。</p>

二条城外堀北側の徳川家康時代の石垣

作成日:2014/8/25 , 地図あり・方位あり・方位あり Header fuji3zpg 開く

二条城外堀 二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城外堀北側の徳川家康時代の石垣】<p>二条城外堀北側の屈曲部にある徳川家康時代(元和期)の石垣。分かりにくいが、右側は徳川家光時代(寛永期)の石垣。</p>
<p>家康時代の石垣は家光時代の石垣よりも不揃いなのが明快なので、それを撮りたかったが、残念ながら、いい撮影ポイントを見つけられなかった。</p>

二条城北大手門

作成日:2014/8/25 , 地図あり・方位あり・方位あり Header fuji3zpg 開く

二条城見学(2013年9月) 京都府 京都市

【二条城北大手門】<p>二条城北大手門は東大手門と同形式だが、規模は少し小さい。</p>

まとめ:

城に興味がない頃、所用で二条城の東側はたぶん400回くらいは通ったと思うが、そんなことは何の役にも立たず、調べてみると知らないことだらけだった。

周囲は約2kmあるが、約400年の歴史があるだけに石垣の組み方も多様。徳川家康の頃に東側が城域で、徳川家光の頃に西側が拡張され、本丸が作られた。組み直しなどもあるので、一概には言えないが、東側の方が石垣の組み方は古い(不揃い)。

天守台が想像よりも大きかった。京都は盆地なので、ここに五層の天守閣をあげると結構威圧感があったのではないかと思った。

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