大永元年(1521年)、福島正成率いる駿河勢は1万5千ともいう大軍で甲斐に侵入した。
同年9月16日には富田城を落とした。その1か月後の10月16日、駿河勢は北上、武田信虎は2千の兵で迎え撃ち、飯田河原で駿河勢を撃退した(飯田河原合戦)。
11月23日、駿河勢は再度攻勢に出て、飯田河原から2kmほど上条河原で信虎勢と激突した。信虎は駿河勢を撃破し大勝した(上条河原合戦)。
その時を想定した絵地図。
信虎の防衛ラインはおそらく、笛吹川と荒川だったと思う。笛吹川は甲斐の北東から南西に流れる暴れ川だった。荒川も名前の通りだったのではないかと思う。今よりも、河原は広かっただろう。
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